日本の建築様式
古代、人はどのような家に住んでいたか
~竪穴式住居と高床式建物~ 人間が家を建てるようになる前は、自然の地形を利用して、洞窟や岩かげ、木の上などに住んでいたと考えられている。 当時は、動物を狩ったり植物を採取したりして食料にしていた。 そして、「もうここの食べ物は食べつくしたな」と判断したら、別の場所に移動するという生活をしていたので、移住しやすく、比較的簡単につくることのできる家のほうが都合がよかっただろう。 縄文時代(紀元前30世紀~紀元前3世紀ごろ)のころになると、歴史の教科書でおなじみの「竪穴式住居」と呼ばれる建物が普及していた。 地面を円形や方形に少し掘ってそこを床にし、その周囲の数個所をもう少し深く掘って柱を立て、円錐形や寄棟に組み、その上を草などで、覆って屋根にしたと考えられている。地面の上に屋根だけが乗っかっているという感じだ。 炉やカマド、溝みぞなどの設備がついた住居と考えられる遺跡も発見されている。広さはさまざまだが、20~30m2程度が多かったようだ。 いまでいうと、ワンルームアパートメントくらいの広さだが、当時は、この狭い空間に家族数人が寝食を共にしていた。 弥生時代(紀元前3世紀~紀元4世紀ごろ)に入ると、自分たちで穀物を育てて収穫する、農耕文化が始まる。 そうすると、大事な収穫物を保管する場所が必要になる。そこで、稲穂の倉庫として、これまたおなじみの「高床式建物」と呼ばれるものができた。 雨やネズミなどから稲穂を守るために床を高くし、そこに登るために、取りはずしできるはしごを使っていた。当時は、竪穴式の建物に住み、高床式の建物を倉庫に使うのが一般的だったと考えられている。